一般社団法人エゾシカ協会

「夏鹿」をどう食べる?


塚田宏幸 (バルコ札幌)

 この夏、都内で開催されたプロのシェフ向け「エゾシカ肉セミナー」で調理のデモンストレーターを務めた時のこと。ちょっと考えさせられる瞬間があった。一緒に講師をして下さった「フレンチレストラン オギノ」(東京都世田谷区)の荻野伸也オーナーシェフが、受講者たちにこんな話をされたのだ。

「冬のジビエとしてのエゾシカの美味しさは言うまでもありません。でも夏のシカの味はどうでしょう? 今日のお料理を食べて、それぞれ判断してみて下さい」

 そういえば──。

写真はデモンストレーターを務める筆者(左)。写真提供:株式会社 電通北海道

 頭に浮かんだのは「アルパージュ」である。フランス・アルプス地方の高原放牧地のこと。伝統的な方法では、牛飼いや羊飼いたちは夏の間だけ家畜を連れて高地に移住し、山小屋に寝泊まりして搾乳とチーズ作りに専念する。私が訪ねた村の場合、夏の放牧地の標高は約1500m。チーズが仕上がるたび、往復3時間をかけて麓の町まで運び下ろすという厳しい生活が年間約100日も続く。そして、ここから極上のチーズが生み出される。試食した時、口中に広がる香りといったら、まさに比類なき豊かさ。1皿目を平らげるやいなや思わず「おかわり!」と声に出してしまったのは後にも先にもこの時だけだ。

 チーズの味は、作り手の技術もさることながら、原料となるミルクの品質に大きく左右される。つまり秘密はアルパージュにある。ここは氷河が間近に迫るほどの高山帯。植物たちは短い夏を謳歌するかのように一斉に花開く。いわゆる牧草地とは趣が異なり、あたり一面が野草のお花畑で、中にはハーブとして知られる種類も多く含まれている。家畜たちはそれを思うままに食んでいた。そんな食生活が素晴らしい乳を生み、あの究極のチーズに直結しているに違いない。つまり「美味いの元」は夏の野草なのだ。

 エゾシカは野生の草食獣である。とすれば「夏鹿」の味にそれが反映していないはずがない。

 実際、夏鹿の味は冬鹿とは明確に異なる。私なりのテイスティングを表現するとこうなる。

 夏鹿のイメージは、葉わさびやクレソンなど葉っぱの苦味、花の香が残る蜂蜜、白ワインやオレンジの酸味。

 かたや冬鹿のイメージは、甘酸っぱい赤の木の実、カカオやビターチョコの苦味、赤ワインのタンニン、燻香……。
 こんなに性質の違う夏鹿と冬鹿を、同じ技術で調理するのはナンセンスだろう。

 西洋調理で夏鹿の扱いを学ぶ機会はほとんどないが、現在の日本は別だ。夏鹿を上手に味わう調理技術は日本でこそ開発のチャンスがある、とも言えるだろう。

 もうひとつ浮かんだこと。エゾシカにもきっとどこか高地で暮らす群れがいる。季節による味の違いとは別に産地による味の違いもきっとあるはず。そしてそれぞれに最適な調理方法も……。

 野生のエゾシカへの興味は尽きそうにない。


エゾシカ協会ニューズレター35号に掲載

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