伊藤英人の狩猟本の世界

269.『動物感覚』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン著、中尾ゆかり訳、NHK出版、2006年

269.『動物感覚』テンプル・グランディン、キャサリン・ジョンソン著、中尾ゆかり訳、NHK出版、2006年

自閉症である著者グランディンは、自閉症だからこそ、動物の思考がわかる、という。自閉症の人は、サヴァン症のように、突出した空間認知能力をもっていたり、細かいことを気にしすぎたり、応用がきかなかったりする。これらの思考は、動物に近いとグランディンはいう。

グランディンは、動物がなるべく苦しまない、人道的な食肉処理システムを開発した。動物はもちろん好きだが、愛護ではなく、家畜に対する人間としての責任からこの仕事をしており、マクドナルドやケンタッキー・フライド・チキンの食肉認証にかかわっている。

狩猟中に観察してきた動物の反応について、グランディンの解説のなかで思い当たる節が多々あり、納得することができた。動物の理解につながり、とてもいい気分だ。私は高校生のころ「動物の気持ちを知りたい」などと考えていたが、これを読んでいればよかった。

攻撃には種類があり、分類ができる。たとえば、クマが人間の急な動きに反応して襲うのは、本能に基づく「捕食性攻撃」。一方、ワナにかかった獣が向かってくるのは「恐怖にかられた攻撃」。この2つは、脳の回路がまったく異なるそうである。後者では闘争・逃走反応(fight-or-flight response)を示す(日本語も英語も似た言葉なのは偶然か?)。エゾシカがびっくりして廃屋に飛び込んだり、道路沿いから急に飛び出してくるのはこうした行動とみられる。正常な精神状態にないからこそ、動きにスキが生まれ、狩猟者が勝つ可能性が出てくる。また、ウシを屠殺場所に誘導する際に不必要に怖がらせないのと同じで、ハコワナに入ってもらうときに恐怖や違和感を感じさせない工夫がいる。

なお、狩猟は獣に対する憎しみや怒りにまかせて捕獲しているわけではなく、冷静に任務遂行をしている。これは捕食性攻撃に近いもので、冷静な興奮状態に、野性的な感覚が伴うと強い。

動物は痛みよりも「恐怖」を優先的に嫌がるらしい。確かに、動物は人間のように痛がる様子を見せない(しかし、人間のつくった「人道的な」動物福祉では、恐怖より痛みを除くことを重視しているように思える)。動物への理解はまだ足りない。