伊藤英人の狩猟本の世界

268.『動物の足跡を追って』バティスト・モリゾ著、丸山亮訳、新評論、2022年

268.『動物の足跡を追って』バティスト・モリゾ著、丸山亮訳、新評論、2022年

哲学者による「追跡の考察」。はじめは、狩猟者でも動物研究者でもない著者がなぜ森に入り、動物の追跡をするのかがわからなかったが、それは思索のためであり、哲学するためであった。著者は、獲物の痕跡を読んで、追跡する行為こそ、人間を考える動物たらしめ、脳を大きくする方向への進化を決定づけた、という。

「何物も痕跡を残さずに存在することはできない」。追跡者は、そこにいたであろう動物の行動を、痕跡から想像し予測する。このとき、その動物になりきっている。

「忍び猟」のときの思考が、本書の内容に最も近い。追跡しつづけて獲物を捕らえる原始的な猟法が、獣や自然との一体感を生む。獣とヒトを「独立した存在」「一方的な関係」とみなさない、新しい共存の形がそこにある。

狩猟(とくにわな猟・忍び猟)にとって重要な痕跡読みは、初期の人類が命をつないできた、人間の根幹をなす能力なのである。

追跡者が完全に動物になりきるために、足りないのは、「空腹」と「忍耐」。動物になりたい。