伊藤英人の狩猟本の世界

272.『アーバン・ベア』佐藤喜和著、東京大学出版会、2021年

272.『アーバン・ベア』佐藤喜和著、東京大学出版会、2021年

北大ヒグマ研究グループ(クマ研)出身の著者による、ヒグマ研究・ヒグマ出没対策の現在地と未来。

数十年前までほぼ未知の恐ろしい珍獣であったヒグマについて、生理生態の解明もさることながら、「どうすれば都市に出現しないか」をヒト側・クマ側から考察し、市民とともに実践している。生物学的だけでなく社会学的にも大きな成果となっている。人間は人間なりに悩み、考え、対策している。できれば都市への移動を考えているヒグマにも読んでほしい。

札幌市など都市への出没は、ただ撃ち殺せばいいという単純な問題ではない。しかし、駆除は手段の一つである。これを担う狩猟者について、厳しい指摘がある。ブームもあって若手が増加しつつあるものの、「地域のヒグマ対策を担える、地域住民が対策を任せられる技術を持つ人材が増えているかというと、それは別な問題」。「エゾシカ猟における車による見回りを中心とした流し猟、勢子を使った巻き狩りなどでは、山を知り、クマを知り、危険を最小化しながら確実に問題個体を捕獲する技術を身につけることはむずかしい」。獲れればいい、たくさん獲った、で満足してはいけない。現在は獲物の個体数が多く、猟具の改良もあり、獲れやすい状況にあると考えられる。向上心を持ちつつ研究しつづけなければ、低密度下での捕獲や狩猟に慣れた個体の捕獲に対応できない。

クマ関連研究について、多くの学生が卒論・修論としてまとめており、本書に載っている。学部生や高校生にとっては、大学・専門学校でどのように大型動物の研究ができるのか参考になる(かつては今よりも門戸が限られていた)。手法も痕跡調査、糞分析、テレメトリー、DNAによる個体識別、社会調査など多彩で、自分の興味関心に沿った研究のイメージが具体化していくはずである。

終章では行政、農家、市民に対し、数多くの提言・提案があり、担当者でも何からどうしていいかわからないほどである。著者の熱量は底を知らない。まずは注意喚起のための「ヒグマの日」制定はいいアイデアだと思った。

エゾシカ協会事務局長の松浦氏もクマ研出身で本書にも登場する。本書ではクマ研の歴史もたどっている。私の見たクマ研メンバーは雪山を歩くスピードが尋常ではなかった。こちらもこうした技術を継承し調査研究を続けていってほしい。