伊藤英人の狩猟本の世界
226.『ありがとうもごめんなさいもいらない森の民と暮らして人類学者が考えたこと』奥野克巳著、亜紀書房、2018年
マレーシア熱帯多雨林に生きる狩猟採集民プナンの、日本人からしたらかなりブッ飛んだ暮らしぶりの紹介。子は学校教育を受けずに親のヒゲイノシシ猟についていったほうが、将来の役に立つといううらやましい状況。
所有の概念がないため、何かもらっても「ありがとう」がない。あるものはみんなのものであり、みんなで使う。狩猟肉は家族単位で均等に分けられる。自らの財を分け与えて何も持たなくなったみすぼらしい者が、lake jaau(大きな男)であり、リーダーとして尊敬を集める。
こうした社会が日本と比べて良いか悪いかは主観によるが、プナンに精神病がないことは、若者の死因の上位に自殺がくる日本にとって学ぶべき点である。私も狩猟民なので精病やストレスがよくわからない。
興味深いことに、北方狩猟民アイヌとの共通点がいくつかみられる。プナンに「ありがとう」はないが、分け与えた人をほめるときにjian kenep(よい心)と言う。アイヌと同じ意味で「よい精神」という言葉を用い、同じように徳としている。
本書は人類学の本としてはめずらしくマンガ化もされた(『マンガ人類学講義 ボルネオの森の民には、なぜ感謝も反省も所有もないのか』日本実業出版社、2020年)。また、本書の続編(『モノも石も死者も生きている世界の民から人類学者が教わったこと』亜紀書房、2020年)も発売された。