一般社団法人エゾシカ協会

伊吾田宏正さん「エゾシカの季節移動を追う」


 私は1997年から北海道との共同研究で道東地域のエゾシカの生態調査を続けている。これまでのべ85頭のエゾシカに電波発信器をつけて、その行動を追跡してきた。6年間にわたる調査の結果いろいろなことがわかってきた。今回はその内容を簡単に紹介したい。

シカを追う

 捕獲地の白糠町北部は阿寒湖畔と並ぶ道内でも有数なシカの越冬地である。狩猟期が終わると警戒心を解いたシカが徐々に姿を現し、3月ともなると数十頭単位のシカの大群がいくつも見られる。ある程度こちらが近づくと集団は一斉に走り出すが、それぞれの群がまるで1個の生き物のように塊となって躍動する様は印象的である。
 私たちの研究チームはこのようにシカが越冬地に集中している時期に生け捕りを行う。麻酔銃やワナを使ってシカを捕まえ、首輪型の電波発信器と耳標を取り付けるのだ。そして追跡調査が始まる。
 春先、雪が融ける頃になると越冬地のシカが急に減ってゆき、追跡個体の発信音も途絶えてしまう。それからが忙しい。追跡は専用の受信機を車に積んで、電波を頼りに探すのだが、電波はせいぜい数kmしか飛ばない。したがって見失ったシカを探すためには林道をしらみつぶしに走り回ることになる。
 調査の開始当初はシカがどこに移動するのか全く手がかりがなく、まさに雲をつかむような日々だった。朝から晩まで車で300km以上走り回って1頭の電波も拾えない日も少なくなかった。地上の調査だけでは全ての個体を追跡することが難しく、軽飛行機を使って探索することもあった。

記録は102km

 こうして地道な追跡調査を毎年続けるうちに、次のようなことがわかってきた。白糠町北部で越冬するシカは、春になって雪が融けると釧路支庁管内を中心とした広い範囲に散らばっていく。町村名を挙げると、白糠、足寄、陸別、津別、阿寒、鶴居、弟子屈、標茶。遠いところでは別海や訓子府などへ移動する個体もいて、移動距離の最高記録はなんと直線距離で102kmだった。その後彼らは移動先で夏を過ごし、冬になると再び白糠の越冬地へと戻ってきた。そして次の年以降もそれぞれの個体は全く同じ場所へ移動した。つまり彼らは出産育児の場である夏の生息地と厳しい冬を乗り越えるための越冬地の間を毎年規則的に往復していたのだ。

驚くべき生態

 地図も磁石もないのに数十kmに及ぶ移動を毎年繰り返す彼らの習性には本当に驚かされる。一方では、季節移動をせずに年間通じて白糠の越冬地で過ごす個体が一部にはいることもわかってきた。また、このような大規模な季節移動にも関わらず、移動時期以外は彼らはあまり動かない。夏の生息地や越冬地ではせいぜい数十から数百haの狭い範囲で行動していた。

 このような季節移動のパターンなどの生態学的情報は、エゾシカを保護管理していく上での重要な基礎資料となるだろう。それと同時に、調査で明らかにされた彼らの驚くべき生態には、野生動物に興味ある者として好奇心を刺激されずにはいられない。

エゾシカ協会ニューズレター13号(2003年7月1日発行)に収録
(C)Igota Hiromasa, 2003