一般社団法人エゾシカ協会

曽我部元親「阿寒からの報告」


1 エゾシカを取りまく状況

 道東地域におけるエゾシカの生息数は、1998年から2000年までは減少したと思われましたが、その後増加に転じた可能性が高く、1993年を100(推定20万頭)とすれば、2004年では90±25と推定しています。増加を続ける可能性もあると見られています。

 阿寒町は、餌としての熊笹や広葉樹の樹皮が多いため、白糠町と合わせて道東地域最大の越冬地になっており、農林業に対する被害も深刻な状況が続いています。増える農業被害を防止するため、電気柵やネットフェンスを設置し、また森林被害に対しては忌避剤の塗布や散布を実施し、阿寒国立公園内では、餌場を設置して被害の防止に努めてきましたが、まだ道東地区では17億円を上回る被害額があるといわれています。

 個体数を減らすためには、ハンターによる狩猟や有害駆除による捕獲が必要です。道東地区の捕獲数は、1998年には7万頭を超えていましたが、その後減少し、2004年には4万1000頭前後と見られます。この原因として、ハンターの高齢化が進んでいることがあげられます。ハンターの4割が60歳以上で、20代は1%しかいません。「シカ猟は採算が合わない」との印象が強く、銃弾代やガソリン代の経費が掛かる割には、シカ肉の販売体制が確立されておらず収入につながりません。シカ肉の利活用対策を確立させ、食肉としての流通システムが整備されれば、ハンターのやる気につながり、ハンター人口が増え、個体数の抑制につながると思われます。

 牛肉や豚肉と違って、シカ肉が一般消費者に流通されていないため、その美味しさがまだ認知されていませんが、東京の一流フランス料理店ではクリスマス時期にメインの材料に選ばれています。その肉質についても「道栄養士会釧根支部・エゾシカ肉有効活用研究プロジェクトチーム」のメンバーである釧路短大生活科学科岡本匡代助手の研究によると、タンパク質は和牛の1.8倍、豚の1.4倍もある反面、脂質は和牛の3.9%、豚の8.9%しかなく、鶏に最も似ており、さらに魚に多く含まれているドコサヘキサエン酸(DHA)などの人体に有益な「多価不飽和脂肪酸」が他の肉より多く、鶏のような魚のようなユニークな特性を持っていることが分かりました。生活習慣病を防止する食生活に有益な食材といえます。シカ肉は欧州やオセアニアでは市民権を得た食材であり、高級食材として受け入れられています。特にニュージーランドでは、赤鹿の家畜化が進み、世界最大の養鹿事業を展開しており、輸出品として外貨獲得に貢献しています。115万頭を飼育し1,760億円産業に発展している例もあります。

 シカ肉の中でもエゾシカは世界一の肉質といわれています。ロースやヒレばかりでなく、他の部位にそれぞれの特徴があり、部位に応じた調理法をすれば、全て美味しく食べられます。町商工会青年部が「エゾシカバーガー」を開発したことがきっかけになり、町内においてもエゾシカ料理を提供するホテル等が出てきていますが、解体加工施設が不足しているため、十分に供給できないのが実態です。

 シカは、レストランで食べるだけでなく、精肉の販売、ハムやソーセージの加工、剥製の製造、皮革製品の製造、角の加工販売など、地域の資源として多岐に利用できます。

2 阿寒町を取りまく状況

システムズ 昭和45年に地域経済を支えてきた雄別炭鉱が閉山し、雄別・布伏内地区では住民の9割が転出するという非常事態になりました。このため布伏内工業団地を造成し、各種優遇措置を講じながら企業誘致に努めてきました。一時は食品製造業など6社が操業し、地域の活性化に寄与していましたが、4社が相次ぎ撤退・廃業し、現在操業しているのは2社のみです。新たに参入する企業を外から誘致するのは難しい状況にあり、雇用の場を確保し、地域産業の活性化につなげるためには、地域内で新たに産業を起すことが必要です。

 阿寒町は、白糠町と合わせてエゾシカの道東地域最大の越冬地になっており、毎年1千頭前後を有害駆除により捕獲しています。その大部分が残滓として廃棄処分されており、搬入場所の確保・増える搬入費用が阿寒町のみならず近隣町村でも負担になっています。有効活用に向けての体制・制度の確立を図ることは、北海道としても課題とされています。

 阿寒町では、「エゾシカ研究会」を昨年3月に発足し、エゾシカを産業に結びつける動きが進んでいます。この研究会(曽我部元親会長)には、「エゾシカバーガー」の開発に関わった商工会青年部、有害駆除を担当する道猟友会釧路支部阿寒3部会、シカ肉料理に取り組んでいるホテル関係者、実験牧場を開始した商工協同組合関係者、森林保護のためエゾシカに給餌している前田一歩園財団、養鹿事業構想を持っている阿寒町などが参加しています。

 その中で、シカ肉を有効活用するために、今一番必要なのは、品質・衛生管理がきちんとした解体加工施設という結論になっています。供給体制の確立により、新たな雇用の創出が生まれるばかりではなく、頭数管理による農林業被害の軽減、ハンターの後継者育成につながります。

 エゾシカ肉の販売ルートについては、今後の課題として重要なポイントですが、現在阿寒町商工協同組合や(有)グリーンファームが取次ぎ部門を担うべく準備を進めています。

 レストランメニューとしては、すでにハンバーガー、ハンバーグ、ローストステーキ等で利用されてきました。町有公共温泉宿泊施設のレストランで注文されるハンバーグの7割はエゾシカハンバーグになっています。昨年12月に試食会を行い、その中から好評な4種類(チーズメンチカツ、コロッケ、焼肉丼、味噌煮)をこの2月からメニューに加えました。猟友会のメンバーもギョウジャニンニクと混ぜた餃子やソーセージを試作しています。高級料理ばかりでなく、庶民的な料理に利用されてこそ「阿寒の味」として定着して行きます。

 また、当町には阿寒湖温泉という国内有数の観光地を有していますので、沢山のホテルや土産品店等があります。現在まで木彫品を中心とした観光土産品が開発されてきましたが、新しいものを求めています。エゾシカの角、肉を活用した製品開発への取り組みが、新産業の創出、地域ブランドの確立に繋がるものと考えます。

曽我部 元親 氏(阿寒エゾシカ研究会 会長)