一般社団法人エゾシカ協会

関川三男ほか「エゾシカ肉の成分と加工特性」


 北海道全域に生息するエゾシカは、近年、個体数の急激な増加に伴って農林業への被害増加や車・列車との衝突事故の多発など、社会的な問題となっている。この問題に対して有害鳥獣駆除法によるエゾシカの駆除が拡大され、被害の減少や個体数管理など、着実な成果が得られ、さらに駆除された個体から得られる鹿肉、角、皮等の資源の有効活用も模索されつつある。また、エゾシカを人の食糧と競合せずに北海道に適した経済動物として人工的に飼育する試みも行われている。このようにエゾシカを資源としてとらえ有効活用することも試みられているが、エゾシカ肉に関しては他の家畜に比べて肉質に関する基礎的な資料が少なく、さらに熟成に伴う変化など不明の点も多い。そこで、今回、ここ数年間で得られたエゾシカ肉の特性について報告する。

 今回、試料としたエゾシカ(Cervus nippon yesoensis)は、全て北海道十勝地域で1998年6月から2002年11月にかけて駆除されたものある。なお、シカの性別や暦令は問わず、すべて猟銃で射殺し、直ちに放血して内臓を取り除き、その後、野外あるいは解体処理場にて剥皮・解体を行った。

一般成分
 試料は、6頭から得られた大腿四頭筋で分析は定法に従った。エゾシカ肉の粗タンパク質は、約22%で乳用肥育牛肉の値とほぼ等しいが、粗脂肪は1%以下で牛肉(3%以上)よりも低い。すなわち、エゾシカ肉は、タンパク質の含有量に関しては牛肉と同等であるが、脂肪含量はかなり低い食肉である。

アミノ酸組成
 大腿四頭筋の筋原線維画分のアミノ酸組成は、性別や年齢あるいは駆除時期の違いにかかわず、個体間での差もほとんど認められない。さらに他の畜肉と比較しても類似した値であった。筋肉内のコラ-ゲン量をHyp量から推定すると、平均値1.6%で、牛大腿四頭筋の約3%よりも低い。筋肉内コラ-ゲン量は食肉の硬さに影響し、含量が多いほど硬いと考えられているので、この結果は、一般にエゾシカ肉が柔らかいと言われていることに一致する傾向である。

脂質含量
 脂肪量は食肉の一般成分の中で変動が大きい。筋肉内の全脂質量は、屠殺月により異なり6月から1月にかけて増加する傾向が認められた。一般に、鹿の蓄積脂肪は秋に増加し、この時期の鹿肉は美味しいと言われている。今回の結果は、筋肉内脂肪に関しても蓄積脂肪と同様に季節性が存在することを反映しているのかもしれない。筋肉内脂肪の脂肪酸組成は、主にパルミチン酸(16:0)、パルミトレイン酸(16:1)、ステアリン酸(18:0)、オレイン酸(18:1)およびリノール酸(18:2)で占められていた。
 蓄積脂肪の脂肪酸組成は、主にパルミチン酸、パルミトレイン酸、ステアリン酸およびオレイン酸で、これまでに報告されているニホンジカやエゾシカの値とほぼ一致する傾向を示す。
 
蓄積脂肪の機能性
 種々の動物油脂をラットに経口投与することにより,コレステロ-ル代謝に与える影響を比較・検討した。エゾシカ油は、背脂肪を湯煮して調製したが、エゾシカの性別や年齢に関しては考慮しなかった。エゾシカ油、魚油、牛油およびラ-ドを0.5%コレステロ-ル食に5%づつ添加してラットに6週間摂取させたところ、魚油群は他の群に比べ血清総コレステロ-ル濃度が有意に低くかった。また、エゾシカ油群では、魚油を除く他の群よりも血清総コレステロ-ルが少ない傾向を示した。このため、アテロ-ム性動脈硬化指数は、魚油群に次いでエゾシカ油群が低い値を示した。肝臓コレステロ-ル濃度も魚油およびエゾシカ油群が他の群よりも低い値を示した。エゾシカ油群の糞便中のコレステロ-ル排泄量は魚油群を除く他の群に比べ有意に多かった。これらの結果から、エゾシカ油がおよぼすラットにおける肝臓コレステロ-ルの低下作用は、コレステロ-ルの排泄量増加に起因すると考えられた。

熟成
 一般に、食肉は家畜を屠殺してから筋肉(枝肉)を数日から数週間、低温で貯蔵してから得られる。屠殺直後の筋肉は、弾力性があり柔らかいが、風味に欠ける。これを冷蔵すると、ATPの消失に伴い筋原線維タンパク質であるアクチンとミオシンが強固に結合し、筋肉は硬直する。牛では、屠殺後約24時間で硬直が最大となり、これをさらに冷蔵すると、風味、柔らかさ、多汁性が増して食用に適したものとなる。この過程を熟成と呼び、筋肉は食肉へと変換される。エゾシカ肉の熟成に関する研究は、ほとんどないので、(1)pH (2)筋原線維の脆弱化 (3)筋原線維の分解 (4)色調 (5)遊離アミノ酸含量の変化について分析し、総合的に判断して概ね10日間の熟成が必要であると判断した。しかし、牛肉と比較して、シカ肉はpHの低下速度が速いこと、遊離アミノ酸の蓄積が少ないこと、色調の安定性が低いことなどの長期間の熟成には不向きな性質も認められるので、目的に応じた熟成期間の決定が重要と考えられる。

加工
 エゾシカ肉の色調は、牛肉等と比べて非常に濃い。そこで濃い色調を淡色化するためにエゾシカ肉を水に浸漬しミオグロビンを除去する方法を検討した。その結果、ほぼ任意のミオグロビン濃度の挽肉を調製することができ、この方法を用いて実際に作製したソーセージの特徴を分析すると官能的にはほぼ満足し得る結果が得られた。また、エゾシカ肉は肉眼的に褐色化する速度が速く冷蔵には注意が必要である。

安全性
 筋肉の内部はほぼ無菌的であるが、表面は解体工程で細菌による汚染を受け易い。また、解体工程によっては中枢神経組織が枝肉に付着する可能もあり、その洗浄を十分に行うことが重要である。グリア線維細胞酸性タンパク質(GFAP)を指標としてエゾシカの枝肉表面の中枢神経組織の存否を検討するとネック部分に若干の陽性反応が認められた。そこで枝肉の効率的な洗浄方法を検討すると、クエン酸などの有機酸がGFAPの除去に効果的であったが、色調を褪色させるなど好ましくない影響も認められた。

 最後に、鹿肉は欧州やオセアニアでは市民権を得た食肉であり高級感を持って受け入れられており、特に、ニュージーランドでは赤鹿の家畜化が進み、その産物は輸出品として外貨獲得に貢献している。エゾシカにおいても生態系を考慮した飼養および利用法の確立、特に、人間の食糧と競合しない新たな家畜としての有効活用が望まれる。


(c) Sekikawa Mitsuo 2004

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 この論文は、北海道畜産学会第59回大会(2003年9月1日~2日、網走市・東京農業大学生物産業学部)のシンポジウム「エゾシカの資源利用を考える」においておこなわれた、帯広畜産大学畜産学部畜産科学科の関川三男さんによる話題提供の要旨です。執筆者の関川さんならびに同学会、同シンポジウムの座長を務められた増子孝義さん(東京農業大学生物産業学部)のご許可を得て、「北海道畜産学会報 第59回大会講演要旨 2003年」(北海道畜産学会)に収録された全文を掲載しています。転載をご希望の方は同学会事務局(下のリンク)にお問い合わせ下さい。

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