一般社団法人エゾシカ協会

梶光一「北海道におけるエゾシカの保護管理」


1. エゾシカの個体数変化

 開拓当初、エゾシカは全道に分布し、おびただしい数が生息しており、千歳の美々に官営のシカ肉缶詰工場が設立され、肉・皮・角が輸出されて、北海道経済を潤わせた。1873年から1878年の6年間に57万4千頭、年間では6万頭から13万頭ものエゾシカが捕獲されている(図1)。しかし、乱獲で個体数が減りつつあったところに、豪雪が追い討ちをかけ、一時は絶滅寸前となるまでに激減した。絶滅を心配した北海道開拓史は、狩猟を禁止するなどの保護政策をとった。だが、その後も生息数が増えるとまた解禁するなど、場当たり的な対応が繰り返された。

2.分布の変遷

 戦時中、シカ猟が行われなかったことや、1960年代に盛んに行われた天然林を伐採して成長の早い針葉樹を植え込む拡大造林、そして1970年代を中心とする牧草地の造成によって餌場が増え、個体数が増加して生息地域の拡大を招いた。今日、エゾシカの分布域は積雪が少なく、冬期の餌として重要なクマイザサとミヤコザサ地帯である北海道東部を中心として広がっており、シカの生息に不適当な多雪地である道西部と道南部を除き、潜在的に分布可能なほとんど全ての地域に分布している。

個体数の推移

図1.エゾシカの捕獲数と被害額の推移

3. エゾシカの保護管理

3-1. 管理目標

 エゾシカの大発生にともなう深刻な農林業被害は1996年に50億円を突破した。この問題に対処するために、1998年に主要なエゾシカの生息地である北海道東部地域を対象とした「道東地域エゾシカ保護管理計画」(道東計画)を策定した。道東計画の目標は、激害をもたらす大発生と乱獲による絶滅の危険を避けて、長期的に比較的安定した個体数へ誘導することを目的としている。

3-2 道東のフィードバック管理

 生息数の推定値は大きな誤差を持ち、生存率などの生活史も不正確で、豪雪がいつ到来するかもわからない。このように変動する個体群(非定常性)を不確実な情報(不確実性)に基づいて管理する場合には、一定の方法でモニタリングを実施しながら、捕獲圧を調整する必要がある。そのため道東のシカ個体群管理には、リスク管理に基づき個体数指数の増減に応じて捕獲圧を調整するフィードバック管理を採用した。フィードバック管理では、大発生水準、目標水準、許容下限水準と名づけた3種類の閾値を定め、緊急減少措置、漸減措置、漸増措置、禁猟措置の4段階の捕獲圧を設け、最新の個体数指数に基づいて、どの捕獲圧を採用するかを決める(図2)。

個体数管理

図2.フィードバック管理の概念図(北海道生活環境部 2003年より描く

3-3. 道央部の閾値管理

 道東以外の地域については、ライトセンサス、被害額、過去の駆除数などに基づいた基準値を設け、生息数の増加が認められる道央部東側ではより一層の増加を防ぐためにメスジカも狩猟可能とし、道央部西側では個体数の激減を防ぐためにオスジカのみとし、道西部では狩猟禁止とした。

4.資源管理の重要性

 多大な捕獲努力によって、道東部のエゾシカの生息数は減少しつつあるが、目標水準までにはまだ遠い。一方で、道西部でも個体数増加が続き、シカとの戦いは激化している。大量捕獲を続けてきたために、エゾシカが狩猟活動に対する逃避行動をとって捕獲がますます困難となってきた。また、マナーの悪い狩猟者が放棄したエゾシカ残滓に餌付いた海ワシ類が鉛中毒となって死亡する事故があとをたたない。このような出口の見えないシカとの戦いに終止符をうって災いを転じて益となすためには、資源価値の高いエゾシカの乱獲も絶滅も避けながら持続的に利用するシステム作りが重要である。


(c) Kaji Koichi 2004
北海道環境科学研究センターのサイトはこちらから


 この論文は、北海道畜産学会第59回大会(2003年9月1日~2日、網走市・東京農業大学生物産業学部)のシンポジウム「エゾシカの資源利用を考える」においておこなわれた、北海道環境科学研究センター自然環境部自然環境保全科長・梶光一さんによる基調講演の要旨です。執筆者の梶さんならびに同学会、同シンポジウムの座長を務められた増子孝義さん(東京農業大学生物産業学部)のご許可を得て、「北海道畜産学会報 第59回大会講演要旨 2003年」(北海道畜産学会)に収録された全文を掲載しています。転載をご希望の方は同学会事務局(下のリンク)にお問い合わせ下さい。

北海道畜産学会のサイト