一般社団法人エゾシカ協会

スコットランドとノルウェーのアカシカ管理


 当協会主催の「シカ管理セミナー」が2002年3月13日午後2時から、北海道札幌市北区の北海道大学獣医学部大会議室で開かれました。講師は、ノルウェー自然研究所のハリー=J.ダンカン博士。生まれ故郷スコットランドと、現在住まわれるノルウェーにおける野生アカシカの保護管理政策について、約20人の聴衆を前に、詳しく解説されました。ダイジェストでお届けします。

「スコットランドとノルウェーのアカシカ管理」

講師 ハリー=J.ダンカン博士/ノルウェー自然研究所

ダンカン氏 みなさん、こんにちは。今日はこのようにお話しする機会を与えていただき、ありがとうございます。
 さて、これからスコットランドとノルウェーのシカ保護管理についてお話ししますが、どちらの国も、地形や気象条件は、とてもよく似ています。でも、土地の所有形態が全く異なっていて、そのせいで、シカの管理のやり方も大きく違っているのです。

広大な私有地の存在が保護管理の妨げに--スコットランドの場合

スコットランドの地図 まずスコットランドのほうから説明しましょう。スコットランドでは、北部から北西部にかけての高地地方 ( Highland ) でアカシカが管理されています。高地地方で特徴的なのは、私有地がびっしり密接しあっていて、おまけにおのおのが非常に広大であることです。高地地方の面積は北海道(約7万8000平方キロ)のほぼ半分にあたりますが、高地地方の半分の面積を、せいぜい百人以下の大地主たちが所有していて、最大の私有地は4680平方キロもあるんです。いわゆる荘園 ( estate )です。
 彼ら大地主たちの大半は、地元ではなく、南部地方や外国に住んでいる人たちです。シカの保護管理は、スポーツハンティングのためにおこなわれていますが、ここでは狩猟は、地主たちか、地主たちが招いたお客さんたちだけ――つまり地元に住んでいない人たち――が楽しむものであって、この60年間、地元の人びとがハンティングを楽しむという習慣はありません。また、狩猟が地域経済に寄与することもほとんどありませんでした。
 シカ管理といっても、スコットランドでは「シカは地主の財産」というふうに認識されているので、数を増やすのも減らすのも、地主の意向次第です。大地主たちは、政治力を持っているので政府も口出ししにくく、1959年に「アカシカ委員会」 ( Red Deer Commission ) が設立はされたのですが、その管理権限が行使されたことはこれまで一度もありません。
 1970年代にはスコットランド政府が、RDCと環境規則「スコットランドの自然遺産」 ( Scottish Natural Heritage ) の調査結果に基づき、「スコットランド高地地方のアカシカは増えすぎている」という認識を示しましたが、結局これまでの30年間でシカの数はさらに増え、2002年現在、35万頭以上が生息しています。これは1960年の倍のレベルです。

 もちろん個体数モニタリングや各種調査が十分な予算と体制のもとでおこなわれています。でも、30年前にかかげた個体数を削減するという目標に対して個体群管理は成功しなかった。じっさい、シカたちは高地地方の森林更新を阻害する最大の要因になっています。フェンスで囲ってシカの食害を防いでいますが、まともな森が見られるのはフェンスの内側だけです。
 地域の人たちにすれば、シカは森を食い荒らすだけの害獣でしかありません。地主ハンターたちの狩猟は個体群コントロールには役立っておらず、地元の人たちは地主を嫌っているようです。
 そんな中、最近になって、スコットランド議会が土地所有と環境に関する主導権をイングランドから委譲されました。スコットランドにおいて、国土回復 ( Land reform ) は重要な政治課題です。この3月、スコットランド議会は国土回復に関する新しい法案を可決見込みですが、政府のアクションプランにはアカシカ対策も盛り込まれています。これから長い時間がかかると思いますが、とにかく強度の個体数削減策をとらなければならないのが、スコットランドのアカシカ保護管理の現状です。

狩猟が地域経済に寄与・・・ノルウェーの場合

ノルウェイの地図 さて、ノルウェーの場合はどうでしょう。
 まずスコットランドと異なるのは、国民に階級差がそれほどない、ということです。それが土地所有形態にも反映していて、野生シカの生息地――農村部――では、1人当たりの所有地面積はおおむね1平方キロといったところ。私有地同士がぎゅうぎゅう密接することなく、適当な間隔をおいて分散しています。政府の奨励もあって、土地所有者は川のそばに家を建てて住み、まわりに農場を拓く、というパターンが多いのです。農場の先は森に覆われた丘陵地帯、さらに山岳地帯へとなだらかに続いている、というのが典型的な風景です。
 それぞれの土地所有者は、自分の地所で狩猟する権利 ( hunting right ) を持っていますが、それをだれかほかのハンターに販売することもできます。この制度によって、農村には都市部の人びとも大勢やってくると同時に、地元のシカ個体群を直接的に管理できるわけです。
 もう少し具体的に保護管理の仕組みをみてみましょう。シカ ( red deer, moose, roe deer, reindeer ) の保護管理は土地所有者と地方自治体 ( Township ) 、それに中央政府の三者によっておこなわれています。各地域ごとの保護管理プランを立てるのは、土地所有者たちや地元ハンターたちの中から自治体が選任して組織する「狩猟委員会」 ( Game Committee ) で、猟区を設定したり、狩猟割り当て頭数を種ごとに定めたり、といった調整ごとはこの組織がおこないます。

 言い忘れましたが、狩猟というのはノルウェー人にとって心の拠り所なんですね。狩猟解禁はあたかも年に一度の大イベントのような盛り上がりになります。都市の人も大勢が狩猟権を買って農村部にやってきますし、だからこそ狩猟が農村部の地域経済にもつながるわけなんです。

 話を戻して、シカ保護管理には中央政府の自然管理局 ( Directonate for Nature Management ) も関わっています。各地の狩猟委員会は、狩猟好きな人々ばかりとあって、どうしても狩猟制限を高めに設定しがちなんですが、設定値と狩猟実数を比較するなどのセンサスを通じて、適正な設定をおこなうように勧告するのが、政府の自然管理局の役目です。自然管理局は狩猟資源を持続可能な状態に維持するのと同時に、自然環境や農作物へのシカの悪影響を最小化することを目指しています。
 このようなシカ保護管理のシステムは、農村部の人びとにたいへん支持されています。ノルウェーの人たちは、シカも含めて、狩猟動物は土地に根ざした財産だ、という意識をはっきり持っていますし、じっさい、狩猟にかかわる利益が全部、地域に入ってくる仕組みになっています。だから日本などに比べて、シカの食害に対する農家の寛容度も、かなり高いと思います。

 先にご紹介したスコットランドの場合と比べても、シカ保護管理が成功するかどうかは、経済的・社会的なシカの位置づけ、重み付けの違いによって、大きく左右される、といえるのではないでしょうか。

 ご静聴どうもありがとうございました。


 講師のハリー=ダンカン氏( Dr. Duncan. J. Halley )はノルウェー自然研究所の若手研究者で、スコットランド出身です。
 専門は海鳥と草食獣の行動生態学で、最近はボツワナでバッファローの行動生態の調査研究をされています。昨年10月から本年4月上旬までの予定で、松前国際友好財団の奨学生として北海道環境科学研究センターに招かれ、北海道大学地球環境科の実験施設の協力を得ながら、1990年以降に収集した足寄産のエゾシカの歯を材料に、炭素と窒素の同位体を用い、生息密度の増加にともなう採食の変化を追跡しているところです。
 北海道のシカのフィードバック管理に高い関心をもっているとのことです。

A summary
of land ownership and deer management practices in Scotland and Norway