1998年3月、糠平湖で撮影。

 このシーズンから牝シカが解禁になりました。
 増えすぎたシカは越冬に適した針葉樹の下の笹を食べ尽くしより厳しい場所に餌場を求めて移動していました。しかし、この年から数年は湿った大雪が降って、ブルトーザーでも凍った雪を除雪しかねるもどのこともありました。樹皮で飢えをしのいでいた鹿たちはそれを食べ尽くして餌を求めて沢筋に移動して集まってきました。
 このファミリーはもう何日も食べ物を口にしていなかったのでしょう。音更川の激流を渡って対岸に渡ろうとしましていました。子鹿が川に足を踏み入れて、流れそうになったのを母鹿が励ますようにして救いました。そしてまたあてもない旅を続けたのです。一番小さい子鹿はもう歩く気力体力もなさそうで思わず涙がでそうになりました。
 この年から昨年まで、毎年鹿たちには同じような試練が待っていました。それから雪解け後に道路付近で餓死した鹿の片付けが毎年の行事になってしまいました。

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