一般社団法人エゾシカ協会

美味しくいただくためのハンティング(3)


玉木康雄 
美味しくいただくためのハンティング

玉木康雄さん

創業昭和八年
日本茶専門店
玉木商店玉翠園
代表取締役

日本茶インストラクター協会理事
茶抽出理論・健康科学専任講師


玉木康雄

忍び猟のすすめ(3)

 前回までは(1)で忍び猟のメリット(2)で実際のポイントをご紹介しましたが、今回は忍び猟ならではの「楽しさ」をお話ししましょう。

自然との一体感 忍び猟の楽しさは、何と言っても自然との一体感でしょう。紅葉から初雪、やがて一面の銀世界の猟期中、ハンターは食物連鎖系のワンピースとして、自然に溶け込める人間界で唯一の存在です。獲物を捕るのがその役割ですが、その過程で何とも楽しい発見がたくさんあります。

 いまでこそ高い確率で仕留めさせていただいておりますが、最初の頃は鹿の姿も見られずに一日を終えたこともありました。それでも山に行くのが楽しかったのは、こうした普通では見ることのできない、ありのままの自然の姿に触れることができたおかげです。

 さらに言えば、私は日本茶が専門なので、山奥の清流で茶を点てて(沸かすのでエキノコックスも怖くない!)一服すれば、坊主の疲れも吹き飛ぶという大変得な性格であったことも非常に幸いでした(笑)。

 いずれにしても大自然の中に我ひとり、というのは中々に心地のよいものなのです。

 さて、このように精神的な豊かさを感じながら自然に接していると、いつの間にやら忍び技術も上達してくるものです。恥を忍んで、自分の変化の様子を表すと次のような感じです。

 1年目、鹿の姿も見られず、鹿が逃げる音(ドスンドスン)だけが聞こえる
→2年目、逃げる後姿が見られるようになる
→3年目、「ピイッ」と言う警戒音を近くで聞くことが増える
→4年目、鹿より先に見つけられるようになる

 といった具合ですので、根気よく楽しみながら続けるのが良いでしょう。

鹿の寝ていた場所 例えば、これは鹿の寝ていた場所ですが(同じところに7頭ほどの群れの痕跡がありました)直近までいたわけでないことが、草の戻り具合等からわかります。しかし同時に、明け方に数センチの降雪があったので、朝まではここに居たことや、この日は北風が強かった等のDATAから、似た条件の時は、この場所で仕留められる可能性が高いということになります。

 したがってこの場所を直線で観察可能で、尚且つ、こちらの接近が感知されにくい地点が狙撃可能位置になります。もちろんそこに至るまでに見張りの一頭が居そうな場所があれば、そこも要チェックとなります。警戒音で鳴かれたら散ってしまいますからね。

 獲物への接近が容易になれば、わずか数メートルのところで目と目があったりもします。こんな時は、鹿にしてみればそれどころではないでしょうが、お互い困ったような変な感じです。こちらも至近距離では何かためらうものがありますが、不思議とこうした瞬間、鹿は観念したように逃げないものです。

 最初は木化け(景色に溶け込むためハンターが過ぎ去るまで動かない擬態の一種)かと思っていたのですが、きょろきょろしたり耳を動かしたりと、化けるつもりではないようです。「できれば見逃して!」と訴えているようでもあり、美味しそうでなければ笑って見送ることもあります。銃を下してやると、走らずゆっくりと去っていきます。これもまた、忍び猟だからこその不思議な体験です。

銃声に追われた鹿が、こちらに向かって突進して来る 忍びがうまくいっていると写真のような状況にも遭遇します。

 はるか先の林道方向からの銃声に追われた鹿が、こちらに向かって突進して来るのがわかりますか。この後、私の5m手前まで来てからこちらに気が付き、あわてて踵を返して飛んでいきました。ご覧のとおり、銃の軸線に載っているので撃つのは簡単ですが、他のハンターが追っている可能性もあり、自分の獲物にすることは控えました。

 いずれにしても忍び猟の場合、十分な数の出会いが約束されているので、あくせくする必要がありません。こうした余裕の気持ちでの射撃環境は、あってはならない誤射事故等を未然に防ぐ上でも、極めて有効と言えるでしょう。もちろん、忍び猟は他のハンターからの誤認を防ぐための服装を始め、単独行動になる以上、余分な水や食料、バックアップの機材(最近は携帯にもGPSがついて助かります)など、装備も慎重に用意して臨まなければなりません。

 こだわりの装備に加え、仕留めた獲物を何回かにわけて運び出す時の重量は、一回におよそ30Kg! 上り下りのある地形では、ハーネスがミシッと肩に食い込みます。悲鳴を上げる筋肉をなだめながらすべて運び終えた後は、完全にクタクタです。

 こうした苦労もありますが、だからこそ仕留めた1頭に千金の価値があります。一つの妥協もない最上級の自然の恵み、この鹿を料理する時、盛り付ける時、そして味わう時、かけがえのない喜びと北の大地への感謝を感じることができるのが、忍び猟の最大のご褒美ではないでしょうか。

 この料理の一口がどんなに美味しいか、残念ながらこれだけは文章で伝えることができません。

 さあ、シーズンが待ち遠しくなってきたでしょう。足腰も鍛えて、最高にヘルシーな忍び猟、やってみませんか。

熱々ご飯と雪もみじ
美味しくいただくためのハンティング

 またいつかお会いしましょう。

平成25年5月6日

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